干し芋が盗まれたお話
専門学校一年３月、先輩たちが卒業してすぐのお話。
Ｄストアーは、技工科の一部の面々にとって重要な役割を果たしている。とにかく、安いのだ。特に、木曜日は菓子パンは30％引きだし、
クーポン券を待っていればアイスが半額（お一人様３個まで）で買えるし、クーポン券を持っていなくても30％引きで買えるのだ。
県南から電車で通学する「彼女」をＤストアーに連れて行ったところ、彼女は感激し、「見ているだけで幸せになり、家の近くにＤストア
ーがないことで怒る」程になった。以後、Ｄストアーは彼女のお気に入りとなり、先輩からもらった自転車で時々昼休みに出かけるようにな
った。
ところがある日、彼女は暗い面持ちでＤストアーから帰ってきた。彼女曰く、
「干し芋がねー、すっごく安くて買いたかったんだけど、買わないで帰ってきたの」
彼女はよく、干し芋を途中のコンビニで買って、時にはおやつ、時には昼食として食べていたのだ。ところが、Ｄストアーでは、それより安い
値段で3〜4倍中身が入っているのだ。それでも、当時バイトを２つ掛け持ちし、「金の亡者（ＭＯＪＡ）」とも言われたことがあった彼女、
買わずに帰ってきたらしい。
数日後、彼女は再びＤストアーに向かった。今度は友人と私も一緒で、昼食を食べて、一足遅く着いた私は、山積みにされた芋の前に腕を
組んでただずむ２人の女の姿を見た。
「どうしよう、2.000円分くらい買っちゃいたいんだけど」
と、彼女は大きいほうの袋を３つ抱えている。大きいほうの袋は398円、３つ買っても1.200円程だ。その倍買うのか？
「買いな。この前あんなに後悔してたんだもん。買ったほうがいいよ」
やはり彼女、「2.000円分」はやめたらしく、次はいろいろな袋を手に取り始めた。
「どれが一番重いと思う？」
この時点で、授業開始まであと５分。そろそろタイムリミットだ。「これが一番重いよ」と、持ってみて重かった袋を押し付け、彼女はレジ
へ向かった。帰り、彼女はご機嫌だった。そして、
「干し芋買ったこと、誰にも言わないでね。食べられちゃうから」
食べないよ…あ、でもうちのクラスじゃ食べるか？と思ったが、彼女はそれを更衣室のロッカーに隠し、食べる分だけ取り出して食べるようになったのだった。
卒業式が終わった３月の初め、彼女の干し芋が残り４分の１ほどになった頃、彼女は再びＤストアーに向かった。以下、彼女から聞いた話である。
近くにいた店員さんに、「すいません、この干し芋って１年中置いてるんですかね？」と軽く聞いてみたところ、その店員さんは狭い店中に
聞こえる声で「○○さーん、この干し芋って1年中置いてるんですかー？」と叫んだのだ。すると、Ｙシャツ姿の店長らしき人が奥のほうから
出てきて、凄く丁寧な応対で、「一年中は置いてないんですよ。たぶん今月いっぱいじゃないかと…」と説明をはじめた。そうすると、最初
の店員さんが再び大きな声で「この人干し芋大好きなんだって」と。そして、「レジのおじちゃん（正確にはこの人が店長）」にまで「干し
芋、美味しいもんね」と言われてしまったらしい。
恥ずかしい。恥ずかしすぎるぞ。彼女、黙っていれば賢い美人なのに…。で、帰ってきた彼女は残りの芋を食べようとしてロッカーを見たが、
ない。干し芋がないのだ。昼休み残り５分。皆で芋探しの旅に出た。卒業した先輩たちの教室まで見に行ったが、ない。
しかし様子が変なのだ。ぐちゃぐちゃにしまってあった彼女のジャージが綺麗にたたまれ、上に飴が乗っているし（これを親切な先輩がやっ
てくれたと、飴をなめる彼女も彼女）、他の人のロッカーも中が荒らされ、なくなった物がある。
技工科男女の更衣室が荒らされたらしい。担任が被害届けを出すため、調査を始めた。
「靴２足、男物ジャージ上下、乾燥いも１袋……。乾燥いも、旨いよねぇ。ブローパイプ（ガスバーナー）であぶると更に旨い」
あー、ここに私と同じことやっている人が…。実は私も彼女につられて小さい袋（198円）をひとつ買い、実習室であぶって食べていたのだ。
（つられて買っている奴が一人いるあたり、「食べられちゃう」と隠す彼女の気持ちもなんとなくわかるかも）
更衣室は２年に１度くらい、こうしたロッカー荒らしにあうらしい。そして私の芋…実はそのあとすぐに、激しい腹痛と吐き気に見舞われ、
救急病院に運ばれたのだ。車の中で「芋が…バーナーであぶった芋が…」結局、病名は「感冒性胃腸炎（インフルエンザの一歩手前）」で、
干し芋は濡れ衣だった。しかし、絶食状態のまま春休みに入ることになったので、「食べきれないから皆で食べて」と教室に置いたところ、
「こんなに食べきれないよ」といわれつつ、次見た時には袋ごとなくなっていた。
彼女がロッカーに隠すのも納得。
そして次の冬、彼女はダンボールひと箱ぶんの干し芋を買ってもらったそうです。
